日記・コラム・つぶやき

あれから一ヶ月経って

4月1日にあの災害を「東日本大震災」と呼称することに決まったらしいけれど。

一昨日、都知事選の帰りにコンビニに寄った。看板の明かりは相変わらず消灯されているのだけれど、食品や雑貨は棚いっぱいに陳列され、ようやく見慣れた『日常』が戻ってきたなあと実感。
あの静かなパニックから一ヶ月かかってようやく…ね。
物がたくさんあるのを見て安心した後、「宮城や福島はどうなんだろう?」と思ってとても後ろめたい気持ちになった。

東京電力の原子力発電所が放射能漏れ事故を起こして以来、放射能への恐怖と一緒にずっとこの『後ろめたさ』を感じ続けている。
だって福島にある原発は東京に電力を供給するためのものなんでしょ?
私たち東京都民は、彼らの頬を雇用と補助金で叩きつつ、自分たちの使う電気を貢がせてきたんだよね。
福島の人たちの苦難は、事実からずっと目を逸らしてきた自分にも責任があるんじゃないか。

そんな気がしてならない。

昨夜、そして今朝もまた福島で大きな地震。東京でもゆらりゆらりと長く続く揺れを感じた。
正直、怖い。
いまだ避難所で生活している方たちが、どれほど恐ろしい思いでいるかを考えると胸が詰まる。ニュースには地震に怯えて泣く避難所の子供が映っていた。
電気・ガス・水道すべてそろっている自宅でテレビを見ている自分が、あの子にどんな声をかけられるっていうんだろう?

もう「段階的に原発廃止」とか悠長なことを言っている段階じゃないんじゃないのか。

『想定外の』地震や津波がいつ来るかわからないって、私たちは経験したじゃないか。

自分の中で、日本の技術力に対する信仰みたいなものがあったのは事実。
だから今回の原発事故も割とすぐ解決してくれるだろうって思っていた。…なんの根拠もなく。
でも実際はどうだ。
一ヶ月過ぎてもまだ終息の兆しが見えないじゃないか。

原子力みたいに“消せない炎”を弄んじゃいけなかったんだと、今は思ってる。

目に見える風景はそう変わらないけれど、私が生きているのはもう3.11以前とは全然別の世界なんだ。

人は予想と合致する情報を集めてしまうバイアスを持っている。

国立情報学研究所助教授・小林哲郎氏の言葉

人が情報処理を行うには、「動機」と「能力」が必要だ。震災で人は不安を感じているので動機は高まっているが、原発や津波の専門知識を持っている人は少ない。つまり、多くの人は能力に欠けている。
ネット上では、情報の真偽についてツイッターで多くの人に読まれている「有名人」の意見を手がかりにする傾向が強い。「有名人」が間違った情報を発信すれば、デマが拡散する。真偽をどのように判断していくかが問われている。また、人は予想と合致する情報を集めてしまうバイアスを持っている。「見たいものしか見ない」状況が生まれやすく、情報源に偏りが生じる場合もある。
危機感の強い人の発言ばかりを読んでいれば「危機的な状況」と判断してしまいがちだ。ネット上の意見分布の認知の偏りには大いに注意すべきだ。

―以上、3/19 読売新聞より転載。

自分の心理状態をずばり言い当てられたようでヒヤリ。気をつける。

一週間過ぎて

あの日から丸一週間過ぎて、自分自身はだいぶ平静を取り戻してきた様に思う。…客観視できてないだけかもしれないけれど、少なくともこうして自分の感情を疑う事ができるレベルにはあるかな、と。

今週は月曜から普通に出勤していたのだけれど、東京はなんと言うか、「静かなパニック」とでも形容したくなる様な不穏な空気が漂ってた。

電力不足による計画停電(私は職場も自宅も該当しなかった)とか、それによるダイヤの乱れとか。コンビニの食品棚が空っぽなのは、確かにわかりやすい「非日常」であるなあ等と感じてはいたのだけれど。
東京はそれ程大騒ぎする様な状況にないと思っているのは私だけなんじゃないかと思うぐらい、浮き足立ってる人が多かった。だいたい今の東京でトイレットペーパー買い占める必要がどこにある?
不安な気持ちって特に感染力強いよね。

私の場合、常日頃からレトルト食品をまとめてネット通販してたんで、あと一週間分位の備蓄はある。非常時に備えてたんじゃなくて、ただ週末買い物に出るのが億劫だっただけ。たまたまだけどお部屋大好きな引きこもり体質だったのが良い方向に作用したみたい。
幸いガス・水道・電気というライフラインは健在だし。ピンチなのはトイレットペーパーぐらいかな。

我ながら結構呑気にできてるらしい。

テレビをはじめとするマスコミが不安を煽る様な報道ばかりする事もあって、福島の原発に対する恐怖がみんなに伝染している様に見える。
それにしたって、今まで散々東北から電力を貢がせていた東京がとやかく言える立場なんだろうかと甚だ疑問。

火曜日辺りから私はテレビを消した。一日三時間、NHKのニュースだけを見て、後は消す。それだけでずいぶん精神的に落ち着いた気がする。
節電にもなるし、おすすめ。

3日目の夜

ようやく自分は少しは落ち着きを取り戻してきたように思う。ただ、本当にちょくちょく余震がくるので、その度に身構えてしまうのだけれど。

TwitterのTLも少しギスギスしている様だ。
いつもと変わらぬユーモアでポストしてくれる方に、「不謹慎」だと噛み付いている人を見かけると悲しい。みんな不安なんだよね。

原発は相変わらず危機的状況が続いている様で、こちらも気がかり。きっと不眠不休で危機回避のために働いてくれている人が多勢いるはず。命を懸けているその人達に、なんと声をかけて良いのかわからないけれども…。

糸井重里さんがTwitterで提案していた「自分自身を3日間雇える金額の寄付」、考えよう。

明日からは会社に出勤。
仕事があるのはありがたい事だ。自分の仕事をしよう。

2日目の夜

昨日からずっと揺れているような気がする。
原発の危機が気になって不安。
Twitterでなにかつぶやきたいけど、自分にはなにもできないし、災害現場で大事な情報にノイズを混ぜてしまう気がするから黙ってる。

昨日の地震から一夜明けて

TwitterやFacebookは今や貴重なインフラ回線になっているようなので、無事な人間が占領してはいけないと思った。でもこの体験は今のうちに書き残しておきたいのでこちらに。昨日何があったのか、何をしたのかの覚書として。

3/11の午後3時少し前だったと思う。誰かが「あ、地震だ」と声をあげた。よくある事で、私は念のため作業中の仕事を保存。全然揺れが収まらず、ますます揺れが大きくなる。PCの上に飾っていたガンプラが倒れて落ちる。さすがにこれはまずいかもと思い始めた。コーヒーがこぼれる。それでもまだ机の下に潜る気になれず、意味もなく辺りを見渡す。みな動揺して動きが止まっていた。
揺れが収まったところに総務の人間がやって来て、「念のため外に避難してください」とのこと。やれやれ大袈裟なと思いながらカバンを持って廊下に出ると、壁にひび割れがある。階段は更にひどく、塗料が割れて剥がれ落ちていた。血の気が引いた女子とすれ違う。

外に出たら、同じビルに入っている別の会社の方々も避難してくる。あっという間にビルの前は人で一杯。通りの向こうからも続々と人が出てくる。ほとんどの人はまだ余裕があったと思う。「怖かったですねー」なんて言い合ってた。
外に出たものの会社からは次の指示が無く、路上に溜まったままやることもないのでワンセグ携帯を持っている人にニュースを見てもらう。宮城県がたいへんなことになっているのはここでわかった。まだ他山の石。
上空にはヘリが3機旋回。余震がきて、ビルのガラスがちょっとあり得ないぐらい歪むのを目撃。電信柱、カーブミラーがゆさゆさと揺れて不安に。
ビル管理の警備員さんがメガホンで「一応ビル避難は解除しますが、仕事継続か退社かは各社の判断ににお任せします」とアナウンス。我が社は解散となったので、徒歩で帰る事にした。それが確か16時半頃だったはず。

会社から自宅までは皇居を半周しなくちゃならない。こんな日に限って革靴履いてるし。
念のため海外在住の姉にGmailで一報。メールが通りにくい。
半蔵門辺りから多勢の人とすれ違う様になってくる。この人たちがみんな徒歩で帰るのか。最高裁を過ぎた辺りで更に歩いている人が増える。車道は自動車で一杯、でもまだ流れていた。お堀からびゅうびゅう風が吹いて寒い。髪もぐしゃぐしゃ。
日比谷で更に人が増える。こんなに多勢の人を見るのは初詣の時位じゃないか? 交差点にはお巡りさんが出て交通整理。数寄屋橋の交差点は大混雑。その風景を携帯電話で撮影している人も。マリオン前のバス停には行列。この辺りで確か17時半頃だったはず。
寒いし疲れたので、週に一度程度立ち寄る喫茶店に行ってみる事にした。西銀座デパートの中を通り抜けると、階段に座り込んでいる人々がたくさん。喫茶店に入ってみたらほぼ満席だったが、運良くちょうど席が空いたところ。ウエイトレスさんが1人できりきり舞いしてた。申し訳なく思いながらいつものコーヒーを注文。煙草に火をつけて、TwitterのTLを読む。「帰れない」「私は無事です」のつぶやき多数。他のお客さんもみなワンセグやPCの画面を見てる。
温かいコーヒーを飲んで一服したらだいぶ回復した。ありがたかった。あの喫茶店のスタッフには本当に感謝している。昨日はたいへんだっただろうなあ。今度クッキーの詰合せでも持ってお礼に行こう。
そうこうする間にもお客さんが次々来店する。長いこと席を占拠するのも憚られたので会計して外へ。それが多分19時頃。

歩道に行列ができているので、何事かと見たら公衆電話だった。なるほど。
あちらこちらで地図を見ながら歩いている人を見かける。確かに自動車を運転しない人は道に迷うだろうなあ。土地勘の有る場所に住むのは大事だ。
途中、水と食料を仕入れるべくコンビニに立ち寄ったが、見事に壊滅状態。コンビニの棚が軒並み空っぽになっているのを見たのは初めてだ。劇場版パトレイバー2を思い出す。

ようやく自宅マンションに到着。エントランスの自動ドアは生きていたが、エレベーターが停止中。9Fまで階段かよ。もう少し低層階に住んだ方が良いだろうか。豊洲の高層マンションに住んでる奴は大丈夫だったんだろうか。
部屋に入る前にガスの元栓を確認。案の定停止してたので手順に従って操作。無事復帰して何より。水道、電気も無事。
室内は予想してたより被害少なく、安心というか拍子抜けというか。積み上げた本は崩れてたけど。

テレビを点けニュースを見る。東北がたいへんな事に。着ていたスーツを脱いで、ジャージとジーンズに着替え。今夜はこの格好で寝る。パスタを茹でて腹ごしらえ。また余震。iPhoneに懐中電灯アプリをDL。貴重品をまとめてカバンに突っ込み、枕元に置いた。
電力が不足しそうらしいので、テレビだけは点けっぱなしにしてそれ以外全部消す。寒いので布団に。
Facebookにぼちぼち消息が載り始める。歩いて帰宅途中の人、会社に宿泊する人。
無事でなにより。

iPhoneから投稿してみる

ココログエディタ というアプリを発見したので試してみる。
良さげだけど、これだとTwitterへのクロス投稿はできないんだ。残念。

【修正】
逆でした。iPhoneからココログエディタを使っての投稿はすべてTwitterに反映されるっぽいです。

ブログのほこりを払ってみた

2008年の10月14日以来のご無沙汰ですよ。
2009年からはTwitterにドはまりしていたので…とは言え、放置プレイもいいところだ。

Facebook(実名)/Twitter(匿名)/ココログ(匿名) で内容をどう振り分けていくか考え中。
とりあえずブログとTwitterは接続してみようと思いつつ。
そんなに色々発言したいことあるのか⇒自分?

やっぱり実名で好き放題の発言するのは抵抗あるんだよなあ…。

2年半ぶり?に自分のブログを読むと恥ずかしさもひとしおですよ。放置プレイの後は羞恥プレイとか。もーね。
知らない機能が増えてたり、使ってたサービスが終了してたり。

もうしばらく実験してみます。

ねんきん特別便

なにかと話題の「ねんきん特別便」(失笑)。
とうとう…というか、ようやくというか、我社にも送付されてきました。

なるほど不親切でわかりにくい。
しかも問い合わせ電話番号はフリーダイヤルじゃないし。ずいぶんヒドイ仕事してますね。
そのくせご丁寧に、『必ず、ご回答をお願いいたします。』とまで書いてやがりますよ。

どうせ我々の世代は年金なんか貰えないでしょうに…。

improvisation

会社員として社内で『Webデザイナー』という肩書きを持っていると、問答無用で余裕の無い仕事を振られることが多くあります。

「今日から展開する交通広告と連動したページを作ってくれ」というリクエストを、突然言ってきたりする宣伝マンがいます。交通広告というものは掲出期間が厳密に決められているので、期間中(長くて1週間)にページができあがっていなければ無意味なWebページになってしまいます。いきおい他の仕事を全部放り出しての突貫作業に突入となるのですが…。そんな調子の宣伝マンですから何のビジョンもないし、当然ながらたいした素材があるはずもありません。
ここでテキトーなページをでっち上げると、一方的に下がるのはWebデザイナーとしての私の評価。会社として「ダサイWebページ」を公開することになるのは、愛社精神の乏しい私であってもやっぱり面白くない。で、七転八倒した挙句、人様にお見せしても恥ずかしくないよう、なんとか体裁を整えてページを公開するわけです。
「ありがとうございま~す」と言い放って宣伝マンが帰ってしまった後、ようやく私は本来今日やるべき仕事に取り掛かることができるのです。

じっくり計画的にプロジェクトを進めたいタイプの私ですが、このような環境で何年も鍛えられたおかげで、だいぶアドリブに強くなりました。厳しい条件でも、文句を言ったり言い訳を考えている間に手を動かせば、案外なんとかなってしまうものです。

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