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iPhone=コンセプトモデル説を唱えてみる

iPhone 3Gが我が家へ嫁入りしてきてそろそろ1ヶ月になるわけですが。

ひゃーひゃー言いながら毎日いぢり倒した結果、入手当初のように誰彼かまわず「一刻も早く“21世紀”を手に入れなさい!」と勧誘してまわる宣伝マンの気持ちから、「どうもむやみに他人には勧められないなぁ」という気持ちに変化してきました。やはり「使う人を選ぶ端末」なのではないかと。いえ、使い勝手が良いとか悪いとか、スキルがあるとかないとかではなく、“思想”とか“カルチャー”の問題で。

強烈なカリスマを持ったAppleのリーダー、スティーブ・ジョブス。iPhoneが彼の理想とするモノを目指して開発されたのはおそらく間違いのないところで、iPhoneへの評価ってのは、つまるところジョブスの理想に共感・共振できるかどうか…がすべてなのではないでしょうか。そう考えると、現状のiPhoneとは、“極めて個人的な指向(嗜好、ではありません)に基づいたコンセプトモデル”なのかもしれません。なので、無責任にすべての人には推薦できないなぁ、と…。

ジョブスが描いた“数年後の世界”というイマジネーション、そのビジョンから逆算してデザインされているようなプロダクト感覚。だから機能的に及ばないところがたくさんあるのは当然。でも、プロダクトが内包している“ビジョン”や“コンセプト”に共鳴している人間にとって、「性能が…」とか「仕様が…」とかの批判はあまり意味を持たないんですよね、多分。だってコンセプトモデルなんだもん。
iPhoneを見ていてどうも128kのMacを思い出してしまうのは、その辺に共通する匂いを感じるからかもしれません。そういう夢と希望がいっぱいにつまった(でも性能が追いついていない)製品をそのまま世に出しちゃう会社は、やはり世界中でもAppleだけだろうなぁ、と。マカーとしては、その辺の無茶っぷりが妙に愛しい、と(苦笑)。

iPhoneは世界中で販売されていますが、だからといって世界中の携帯電話がみんなiPhoneのようになるとは思いません(ルックスだけiPhone風なタッチパネル端末は増えるでしょうけれど)。
でも、iPhoneが“世の中を変える何か”を加速したのは間違いがないような気がしています。

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